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東京地方裁判所 平成10年(ワ)8242号 判決 1998年7月21日

原告

小野瀨和宏

被告

日本中央競馬会

右代表者理事長

濵口義曠

右訴訟代理人弁護士

田島孝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金七万円を支払え。

第二  事案の概要

競馬法の規定によれば、勝馬投票券を発売した後、競走が成立しなかった場合には、当該競走についての投票は無効となり、当該勝馬投票券を所有する者は、被告(日本中央競馬会)に対し、その勝馬投票券と引換にその券面金額の返還を請求することができると定められている(同法一二条一項、四項)。

本件は、平成九年一二月二〇日に被告が開催した第五回中山競馬第七競走(以下「本件競走」という。)の勝馬投票券を購入した原告が、本件競走は成立していないと主張して、被告に対し、当該勝馬投票券の券面金額の返還を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  本件競走は、一四頭の競走馬によって、当日一三時一五分発走の予定であった。

2  しかし、スターターが、一番のタヤスユキヒメ号が発馬機内に枠入りする前に発走合図を行い、ゲートが開かれたため、タヤスユキヒメ号を除く一三頭がいっせいにスタートした。

3  スターターは、発走合図が真正でないと認めて、赤旗を左右に振ってその旨を表示したため、発走のやり直しを行うべく、一四頭の競走馬について馬体検査が行われ、その結果、競走能力に影響があると判断された三番のベリーウェル号及び六番のシルキーピンク号については発走除外の措置が取られた。

4  そして、改めて残りの一二頭によって、同日一三時二七分に本件競走の発走が行われ、九番のエフワンナカヤマ号が一着、一三番のマチカネシルヤキミ号が二着、八番のマンダリンスター号が三着となった。

二  当事者の主張

1  原告

スターターが、出走馬の能力の減退を意図して故意に誤ったスタートをさせた場合には当該競走は著しく公平を欠くことになるが、本件競走においては、最初の誤った発走がスターターの故意によるものか過失によるものかを判定されないまま二度目の発走が行われている。

また、一四頭中の二頭が発走除外になるという状況では、他の出走馬についても体力面及び精神面で大きな影響があり、勝馬投票券発売時とは著しく異なる条件となったにもかかわらず、何らの配慮もされておらず、公平が確保されていない。

したがって、このような状況下で行われた本件競走の発走再行は無効であるから、被告は、原告が購入した勝馬投票券(券面金額七万円)を買い戻す義務がある。

よって、原告は、被告に対し、右勝馬投票券の券面金額七万円の返還を求める。(本訴請求)

2  被告

本件競走は有効に成立し、競馬法一二条一項所定の投票の無効事由は存在しないから、原告には、勝馬投票券について券面金額の返還を求める権利はない。

すなわち、発走に関しては、発走委員が真正な発走でないと認めたときはやり直すこととなっているものであって、そのことと当該競走の成立とは関係がなく、また、発走やり直しのための馬体検査の結果を踏まえて、競走を行うに支障がないかどうかの判断をする権限は、開催執務委員長に委ねられており、原告主張の各事由は、いずれも当然に当該競走が不成立であるとする理由にはならない。

二  争点

本件の争点は、本件競走が成立していないか否かの点である。

第三  争点に対する判断

一  原告は、最初の誤った発走がスターターの故意によるものか過失によるものかを判定されないまま二度目の発走が行われたこと及び勝馬投票券発売時とは著しく異なる条件となったにもかかわらず、競走が行われたことをもって、本件競走は不成立であると主張する。

二  しかし、本件競走において、発走委員が発走合図が真正でないと認めたために赤旗を左右に振ってその旨を表示した措置は、日本中央競馬会競馬施行規程九三条二項の定めに基づくものであり、その後、馬体検査の結果、競走能力に影響があると判断された二頭の競走馬を発走除外とした措置は、同施行規程九〇条一項(1)の定めに基づくものであって、これらの措置自体に違法な点は認められない。

また、災害その他やむを得ない事由がある場合には、開催執務委員長は、競走を取りやめ又は中止することができるとされているけれども、前記のように不真正な発走が行われ、二頭の競走馬が発走除外となったからといって、当然に当該競走を取りやめなければならないとか、発走合図の誤りの原因が故意によるものか過失によるものかが判定された後でなければ、当該競走をやり直すことができないとする定めはなく、このような事態が発生した場合においても、当該競走を行うについての支障の有無を検討して当該競走を取りやめるかどうかの判断は、開催執務委員長に委ねられているというべきである(同施行規程一四九条の二第二項)。

そして、本件競走においては、開催執務委員長による競走取りやめの措置がとられることがないまま、発走のやり直しが行われたのであるから、その後においては、裁決委員が同施行規程一〇七条の二の定めに基づいて開催執務委員長の承認を得て本件競走を不成立としない限り、競馬法一二条二項にいう「競走が成立しなかった」と認めることはできず、原告の主張するような事由が存在したとしても、それだけで本件競走が当然に不成立になることはないと解すべきである。

三  したがって、原告の本訴請求には理由がない。

(裁判官市村陽典)

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